ニートの就職体験談

26歳職歴なしだった私が不動産業に就職し、第一線で働けている話

投稿日:2017年6月16日 更新日:

私は17歳の頃から交際していた人と同棲して、結婚をすることになりました。

専業主婦をしていたので仕事をすることのないまま月日が流れていました。

しかし、離婚を考えたときに何もできない自分、社会に出てやっていく自信が全くなかったので、ベタですが資格試験に挑戦して無事就職をしました。

専業主婦のまま、一生を終えると思っていたあの頃

若気の至りとはいえ、仕事をしないまますぐ専業主婦になったことを今では後悔しています。

よく、専業主婦になりたいという女子の話を聞きますが、それは働いているからこそ、専業主婦をしたことがないからこそ言える事です。

夫は1歳年上なだけだったのですが、昭和的な考え方で結婚したら女は家に居るものと思っている人でした。

最初は貧乏でしたが衣食住に困る事なく養ってくれたことは感謝しています。

働かせたくなかったのはきっと私を狭い世界に閉じ込めておきたかったのだろうと思います。

夫との生活には全く不安はなかったのですが、結婚はやはり家と家の事です。

私の場合は一般的な嫁姑問題ではなく、義母の手癖が悪すぎて離婚を決意しました。

何度も100万を超える借金。義母のパチンコ依存症

義母は闇金でお金を借りてまでもパチンコに行くパチンコ依存症でした。

義母がパチンコ依存症であることは付き合いだした当初から知っていました。

しかし、夫が仕事で成功し収入が上がると、それを頼りにどんどんのめりこんで、ついに闇金にまで借金をしました。

一度目は義父が全額返済したのですが、二度目、三度目と何度も何度も100万円を超える借金をしてパチンコに行くのです。

監視体制で抑制しても効果なく、なにかしら抜け出してパチンコに行ってしまいます。

家族である以上、私達にも火の粉が降りかかってきました。

私たちの貯金もすべて義母の闇金への借金の返済に充てられました。

そのころから私も働いた方がいいのかな?と思いましたが、夫は働かせてくれませんでした。

次第に義母に呆れ、私の家にまで迷惑をかけられることが申し訳ない気持ちで夫との離婚を考えるようになりました。

離婚を考え、仕事というものに向き合いだした23歳

離婚を考え始めた時、私が社会人として社会に全く通用のしない人間であることに気づきました。

求人誌や求人サイトを見るようになり、「未経験歓迎!初心者でも丁寧に教えます!」という文言をよく見たので、問題なく就職できるものだと思っていました。

しかし、それはとても甘い考えでした。

履歴書を書いたことのなかった私は、学歴しか書くところがありません。

履歴書の書き方を調べても職歴を書くことを当たり前に書いてありました。

当時23歳です。

高校生の時の5年以上前のアルバイト歴など書けるはずもありません。

夫に内緒で何件か面接に行きましたが、案の定、どこも採用してくれるところはありませんでした。

「手に職」という言葉に向き合った1年間。

昔からよく言う手に職という言葉。

あまり考えたことはなかったのですが、求人誌等を見ていて「経験者優遇」「資格手当有」という言葉もよく見ました。

私は進学校に行っていたのですが、友人がちょうど皆就職や進路が明確に決まってきた頃でした。

皆、薬剤師・看護師・医師・研究者など目に見えた高度な「手に職」を身につけていました。

一方私は…と考えたとき、寂しい、置いていかれるというような気持ちになりました。

私に取り組める資格は何だろうと考えました。

女子の腰掛に最良な医療事務、これは国家資格ではないことで却下しました。

宅建士の試験に向けて独学を始める

他にも検討した資格はありましたが、最終的に私は宅建士を選びました。

宅建士は間口が広いわりに、資格手当が1万円~3万円もつくという求人が多いこと、受験資格がなく、独学でも取得可能である事、難易度が低すぎない事から私にとって良い資格だと感じました。

簡単すぎる資格を取ったところで自信にはならないと思い、主婦をしながら学校には通えないので完全独学で勉強するため一念発起しました。

通信教育の教材を購入し、一通り目を通しテキストをやりました。

宅建試験は過去問を制すれば合格が見えるという話だったので、試験の3か月前には過去20年間の過去問をランダムに毎日試験時間を測り2~3個やっては一問一問丁寧に見直して、連日過去問に向き合いました。

そして迎えた10月の試験。

終わった時合格したな、と思ったのですが、家に帰って自己採点したらギリギリのラインでした。

12月の結果発表、ドキドキしながらネット速報を見るとなんと合格!びっくりしました。

宅建合格を掲げた就職活動

12月の合格発表でしたが、翌1月から就職活動を始めました。

不動産事務での職探しをし始めましたが、まさに入れ食い状態。

26歳~28歳はただでさえ売り手市場と言われる年齢だそうですが、資格が付加価値になっているのは明確でした。

明日からでも来てほしいと言ってくれる会社もありました。

前回の職探しで良い結果が出なかったこともあり、7社受けたのですが、全て合格だったので条件で随分選ばせてもらいました。

就職してから今、まとめ

宅建士としての仕事だけのつもりで就職した会社でしたが、色んな仕事を教えてもらい、ホームページのデザインやAdobe系ソフト全般の勉強もさせてもらいました。

さらに、登記や決済が出来るように指導もしてもらったおかげで、大手不動産会社に引き抜きのお声をかけてもらえるまでになりました。

来年からは大手不動産会社への転職が決まっています。

新しくマンション管理士と管理業務主任者の資格も取ろうと考え中です。

職歴がなくて就職できるかどうか不安だった日々もありました。

しかし、資格試験に合格したという確固たる事実と自分に対して自信が出来たことで、社会人としてデビューできただけではなく、経験を積んでステップアップも出来ました。

今では30歳を前にしてマイホームの購入も出来ました。

殻に閉じこもっていた時からは考えられない嬉しい変化です。

情報収集から現実を知り、資格試験という道を私は選びましたが、自分自身で大成功だなと感じています。

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