ニートの就職体験談

異性交流で上手くいった!26歳男で社会経験ゼロだった私が塗料調色工場へ就職できた理由

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私は現在43歳男性で、26歳の時に塗料調色会社に初めて就職した話をします。

私はおかげさまで大学卒業までのキャリアはストレートでしたが、残念ながら大学現役時代の就職活動においてついに内定を取ることなく卒業を余儀なくされた典型的な落ちこぼれです。

目次

初めての浪人生活。郵政職員採用試験を受けるも不合格に

しかしながら当時は浪人経験がなく、人生たまにはこういう時があっていいかもという比較的のんびりした構え方でしていました。

まず浪人生活に突入してはじめに目をつけたのは当時はまだ公務員だった郵政職員採用試験でした。この試験は毎年9月上旬に開催されるため私もこの日を向けて暇な時間はひたすら勉強しました。

残念ながら勉強や研究の甲斐なく不合格でした。若くて社会経験に乏しい私はもう就職できる職種がないなどと落ち込み途方に暮れしばらく何もする気力が起こりませんでした。

大阪ユースハローワークの画期的なシステムが自分を鍛えてくれた

やっとそんな鬱々とした気分から解放されつつありましたが、大学現役時代の面接において全滅だった私は民間企業については心身とも悪いことをさせられる等とあんまりいいイメージを持っておらず、面接に行けども当たり前ですがいい結果は出ませんでした。

さて当時は現在のようにスマートフォンもなく、今ほどインターネットも整備されていませんでしたので、私は大阪ユースハローワークというところによく通ったものでした。

かつて従来のハローワークは職種別のファイルを見て気に入った求人票を職員にリクエストして、職員に電話をしてもらうというのが基本的なスタイルでした。

しかし、このユースハローワークは一人一人に端末が与えられ、気に入った求人票が見つかれば画面に電話のボタンがあり、その電話のボタンを押して自分で直接企業にコンタクトを取るという当時は画期的なシステムでした。

このシステムが鬱々とした自分を徐々に鍛えてくれたというか、自分で直接企業にコンタクトすることによってだんだん電話でのしゃべり方などもさまになってきたような気もしてきました。

自分に欠けていたのは異性交流!?あるきっかけで就活が好転!

それから私は浪人生活が混迷を極めるにつれ社会に出る前に男性として、いや人間としていちばん欠けていることにようやく気付きました。

それは異性との基本的な交流です。

大学に通っていた頃、同級生がたかが女にうつつは抜かして等冷ややかな目で見ておりましたが、これは別に女性といい思いするためだけにやっていることではなく、大人になるためにも一人前の社会人になるためにも大事なコミュニケーションだということに本当にある日雷に打たれたように気付きました。

それからは就職面接だけでなく当時アルバイトしていた現場に新しい女性メンバーでも入ってきたら、自分から積極的に話すように心がけました。もちろん全てがうまくいくなんてことはありません。

女性から邪険に扱われることは何か自分の人間性をモロ否定されているような気がしなくもなく、それに比べて就職面接はその企業が要求するものが自分に持ちあわせがなかっただけで別に自分の人間性まで否定されているわけではないことが分かり、そう思うとある意味一人の女性と接するより企業はドライに接することができると思うと気楽なものだと感じてきました。

そういう心境になると過去あれだけ毛嫌いしていた民間企業の面接も楽しく感じてきて、面接に行くのがマイブームかライフワークになっていました。

そうこうしているうちに例の塗料調色会社の調色作業員の面接に行きましたが、残念ながらその時は不合格でした。

しかしながらその1ヶ月後、違う職種で検討してくれないかという連絡を受け迷わずこの会社にお世話になることを決めました。

まとめ

就職しなければ世間体も悪いですし焦る気持ちも分かりますが、何より人間としてのコミュニケーションを大事にしてください。

それから採用されたこの会社は、当時面接に行った求職者の中で自分がいちばん若く適性検査の成績も良好だったので不合格ながら履歴書のコピーは保存されていて後日違う職種での採用となりました。

実際この会社に入って実際仕事してみると調色作業員の仕事は現場作業になるので体力作業でしかも納期に追われるスピード作業も要求されますが、私が採用された実験要員の仕事は比較的マイペースで仕事ができて、かえってこの職種の方が自分としては良かったです。

したがって面接を受けるということは自分の情報も売っているということにもなり、募集職種で落とされても違う職種でオファーされるかもしれないというラッキーな展開があるかもしれません。

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