ニートの就職体験談

高校中退して入った会社を廃業退職後、42歳でベンチャー企業の営業職に再就職できた話

投稿日:2017年9月30日 更新日:

16歳で高校中退した私に、たまたま応募した会社の社長が教えてくれた社会人のルール。

それだけが武器でした。

学歴なしで資格は普通免許だけ。

そんな私が42歳で再就職できました。

高校中退後自分の居場所を探して

32年も前の話ですが、高校を16歳で中退しました。

不良でもないし、何かやりたいことがあったわけではありません。

理由はつまらなかったから。

高校に行かなくなり、家にいると親からは「役ただず!恥ずかしいから家から出るな!」と言われ、気にせずに昼間家を出ると近所の人に「学校は?」と聞かれ、辞めたと言えず逃げるようにその場を立ち去っていました。

家には居づらくなり、家に帰らなくなり、居場所がなかった。

本屋で立ち読みし、アルバイト募集雑誌で16歳から可・住み込みで働けるという理由だけで、とある金属加工の会社に公衆電話から電話しました。

電話すると男性が出て「面接日時が決まったら連絡するから名前と連絡先を」と言われたが、家出状態で「連絡先はありません」と答えると、少し沈黙があり「じゃあ、今すぐ来い」と言われました。

今じゃ考えられませんし、今考えると子供だったと思います。

履歴書も持たず、財布すら持ってなく行ったのですが、電話の人が社長さんで『名前と自宅の住所と電話番号を書け』と言われ正直に書いて渡すと、「ここで待っていろ」と、社長は奥の部屋に消えました。

10分ほどすると戻ってきて採用してくれるというのです。

さらに寮の一部屋を貸してくれると言われました。

呆然とする私に社長は「一度、家に帰って、親と話して、ここで働くと言って来い」と、社長の名刺をくれました。

後日知ったのですが、社長は私が家出している事に気付いていて、奥の部屋で私の母親と電話で話したそうです。

それで身元が確認できて採用したとのことでした。

次の日に私物を運びこの会社でお世話になる事になりました。

社会人のルールを教えてくれた恩人

入社してからは、挨拶の仕方、返事の仕方、敬語の話し方、生活態度などを社長から直々に教わりました。

18歳になると『納品もしてもらうから』と運転免許の教習所費用を出してくれて運転免許も取得させてくれました。

入社して3年間は金属材料の運搬や穴あけ等のお手伝いのような仕事をしていました。

その後3年間は、工作機械のオペレーターをさせてもらいました。

また3年経つと工作機械のプログラムを任せてもらえるようになりました。

また3年経つと今度はプログラムを作る設計の仕事をさせてもらえるようになりました。

こうして工場内での仕事をこなす中で週に二、三回社長の運転手として営業に同行させてもらえるようになり、お客様との話し方や名刺交換の仕方や仕入先との値引き交渉の仕方まで様々な社会人としてのルールとマナーを教えて戴きました。

そうやって新しい部門にいく度に新しい経験と自信がつき、入社した時は高校中退のダメな奴が、29歳になりネクタイとスーツを着て、取引先の企業に設計担当として営業担当者に同行できるようになりました。

設計の仕事は取引先からの難問との闘いで苦労はしましたが、とても充実していました。

電気の配電盤のケースも造っていたので電気の仕組みや配線の仕方なども覚えることができて電気機器の知識も少しずつ理解できるようになりました。

しかし、資格がないので組み立てはできませんが。

私の設計のアイディアが上場企業に採用され、設計者としての経験も自信も向上し、新しい企業との取引を次々に増やす事もできました。

勤続年数と職歴スキルが上がるにつれ、給料も増え自分でアパートを借りれるようになり、人並みに結婚もできました。

結婚式では社長に「16歳のお前を入社させて良かった」と褒めて戴き、涙が出ました。

この会社に就職して良かったと思いました。

全くの素人で子供で社会人としての自覚もルールも知らず、何もなかった私に「若い奴は何もできなくて当然だ」と言って、社長は様々なことを経験させてくれました。

大変で嫌な仕事ばかりでしたが、今となってはあの時の経験が役に立っていると思っています。

大変良い社長と知り合えて鍛えて頂き、感謝しています。

41歳で迎えた、どうにもならない嫌な転機

そんな社長も高齢となり、度々入院するようになりました。

更に世間同様に不景気で会社の売り上げも減小していきました。

社員一同必死に取引先を巡り仕事を増やすように、必死に活動しましたが、取引先の提示金額では赤字です。

社長とご家族の株主の意向で、まだ会社の資金があり社長が存命のうちに、会社を清算して廃業するとの話があり、高齢の社長が深々と謝る姿に、社員全員が言葉無く、解雇となりました。

私を含めた3人の社員が会社を廃業するために会社に残り、取引先への挨拶回りや工場機械の転売などを行いました。

次々に運び出される工場の工作機械、たくさんの製品を産み出した会社の自慢であった工作機械は軽自動車程度の現金となり、その現金は契約の残ったOA機器のリース残金となって消えていきました。

こうして会社から人も機材も全て消え、会社廃業して解雇となりました。

41歳でした。

16歳で感じた居場所がない罪悪感が41歳で再び蘇る

最初の数週間は何をしていいのかわかりませんでした。

ハローワークで失業保険を申請するには就職活動をして下さいと言われるものの気力が湧かず、ハローワークと自宅を行き来する日々。

16歳で高校を中退した時の記憶が呼び起こされ、不安感で押しつぶされそうでした。

勤めていた時は、目覚ましで飛び起き慌てて用意して飛び出していましたが、無職になってからは目覚ましを掛けなくなり、毎日剃っていたヒゲも剃らなくなり、毎日数十回鳴っていた携帯電話も鳴らなくなりました

玄関で送り出してくれていた妻を送り出すように変わりました。

主人として父親としてこれではいけないと。

再就職を目指すようになりました。

再就職は困難だが、職種を変えたら意外と

就職先を探しましたが資格は普通自動車免許のみで42歳という状況では、就職先はタクシー運転手か警備員くらいでした。

なんとか自分の設計経験を活かせる仕事をと、ハローワークやインターネットのサイトにいくつも登録し応募しましたが、設計の仕事は条件が大卒以上又は有資格者で35歳まで、応募しても面接まで行けずに書類選考で落選してしまう状況でした。

60社位応募した後に、職種を営業職に変え活動し直しました。

履歴書も手書きからExcelで作ったものに変え、職歴書もWordで作り、PCスキルもある事をアピールしました。

写真も自動販売機のものをやめ、写真館で撮影してもらい若々しい微笑んだ写真に変更しました。

履歴書には手書きで挨拶状をつけて、他者との違いをアピールしました。

すると、面接していただけるようになり、省エネルギー機器のベンチャー企業からスカウトが届きました。

初めてのことで嬉しさと驚きから、叫んでしまいました。

今まで社長に教わったことをすべて出し切った面接

面接には、15分前までに訪問先の建物の外に着くようにしました。

昔、前職の社長に教わった事でした。

7分前に建物に入り受付へ、部屋に通されて5分前でした。

「お掛けになってお待ち下さい」と、椅子を勧められるが「ありがとうございます」と言うだけで椅子の横に立って相手の到着を待つ。

これも前職の社長から教わった。

背筋を伸ばし待っていると、ドアがノックされ足早に面接担当者が入ってきました。

私より10歳は若い、ノーネクタイだし、そもそもズボンもスラックスではない。ジーンズにも見えるカジュアルな物だった。

急に自分が時代遅れに感じ、緊張が増していきました。

私は名前を名乗り、履歴書と職歴書の入った白い封筒を差し出し「お時間を作って戴きありがとうございます」と深々と頭を下げた。

面接担当者は、とてもフレンドリーに話し始めた。

「そんなにかしこまらないで下さい。どうぞ、座って下さい」

「はっ、いえ、恐縮です」

ようやく腰掛けますが、背筋は伸ばしたままでした。

履歴書に目を通す表情はとても真剣でした。

私の情報は、すでにインターネットサイトで確認済みであるはずです。

履歴書に〇〇高校中退と書くか中学履歴までにするか、悩んでいましたが正直に中退と書きました。

履歴書はスルーして、話題は職歴について様々な話を10分程していたと思います。

続いて、どんな会社なのか、どんな製品を販売しているのかなど、面接担当者からの話を聞きました。

私は必死に手帳にメモを取りつつ、真剣に話を聞いていました。

こちらの受け答えもチェックされていたのだろうと思います。

話を理解しているかとか、話し方など。

相手の目を見ろという前職の社長に教わった事も忘れませんでした。

すごく緊張していましたが、冷静でした。

「いいですね。結果は書面でご郵送しますが、ご希望に添えると思いますよ」と最後に握手を求められました。

私は両手でしっかりと握手をし「時代遅れの中年ですが、よろしくお願いいたします」と深く頭を下げました。

「いいえ、今我が社が求めているのは、営業という仕事を理解した社会ルールのある方です。若い奴らは人情を理解していないから」と笑ってくれました。

飛び跳ねたいほど嬉しかった瞬間でした。

改めて前職の社長にお礼を言いたかったです。

2日後、採用通知が届き再就職が決まりました。

そこにあった代表取締役のお名前は、面接担当の方のお名前でした。

まとめ

私が就職をしたかった一番の理由はプライドだと思います。

自分は役立たずではない、社会から見捨てられた存在ではない、社会の一員として生きていたいと思っていました。

私のような中年からの再就職は世間的にはかなり厳しいと言われます。

確かに厳しいものはありました。

しかし、私の場合は自分が経験が活かせると思った設計の仕事から、あえて営業に変えてみたところ、転職がうまくいきました。

一つのやり方がダメだったからといって諦めてはいけません。

視点ややり方、応募する職種を変えてみるなど挑戦し続ければ、きっとあなたを採用してくれる企業はあるはずです。

長くなりましたが、私のこの体験談がなんらかの形で皆さんのお役に立てれば幸いです。

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