ニートの就職体験談

ブラック塾講師バイトを辞めて無職に…それでも27歳でホワイト企業に正社員として就職できました!

投稿日:2019年9月14日 更新日:

私は27歳でホワイト企業の一般事務として正社員採用されました。ですが前職はブラックバイトで塾講師をしていました…。

今回はそんな私が無職になるきっかけ、無職の間の暗い生活、そんな中で活路を見出した求職活動の状況をご紹介します。

塾講師は高時給?いいえ、ブラックバイトへの入り口です!

塾講師というと、大学生がする短時間で高時給が稼げる割りのいい仕事、というイメージがありますよね。

業務開始は学校が終わってから未成年が外を出歩ける22時ごろまでの短時間で、60分1コマで2000〜3000円も稼げる!なんて謳い文句を見たことがある人も多いのではないでしょうか。

実際私の大学時代の友人も大学の講義終了後にみっちり塾講師のバイトを入れて60万円の貯金ができた!なんて話も聞いたことがありました。

ですが、大学卒業後に塾講師をする、つまり塾講師を中心に生活をしてみると、時間を持て余したフリーターは格好の雑用係としてこき使われることがわかったのです。

フリーターは基本的にいつでも出勤できますから、自然と正社員である塾長や副塾長と同じだけの勤務時間を持つことが増えてきます。

他の大学生が入れないような日中の雑多な学校訪問に派遣されたり、13時の開校前からカギ開け業務を行なって17時からの授業まで受付を行なったり、終業後も居残り業務を行なったりと、それはもう多岐にわたる業務を行いました。

もちろん時給は発生しますが、塾講師の雑務給というのは低いことが基本で、980円で4時間働いて、自分の授業の準備や授業そのものはバタバタと行い、疲れ果てて居残りミーティングに参加する、なんてこともざらでした。

時には13時間以上塾にいたこともあります。また通勤時間も含めれば帰宅すればもう深夜、ということも少なくありませんでした。

生徒たちが勉強を好きになったり、テストでいい結果を残せたりする姿を見るのはやり甲斐を感じましたが、それ以上に肉体の疲労は溜まっていく一方でした。

身体を壊して自主退職、でも雇用保険は加入していませんでした?!

そうした無茶な勤務による疲労がたたって私は身体と精神を病み、退職する運びとなりましたが、気付いておけばよかった!と後悔することがありました。

それは、短時間のパートタイム講師として雇われていた私は会社の定める雇用保険への加入条件を満たしていなかったのです。つまり、無職になった後は完全に無収入。

不眠や自律神経失調症、うつ等を発症していた私は仕事を辞める前から心療内科に通うようになっていましたが、心療内科も処方される薬も決して安いものではありませんでした。ずしりと生活にのしかかる医療費に私は長く頭を悩ませることになったのです。

そして、次に働くときは絶対に17時の定時で終業できて、雇用保険にも加入できる正社員の職に就こうと心に決めました。

同棲していた彼の収入とちょっとした貯金、そして退職する前に作った消費者金融のキャッシングカードがあったので、貯金を切り崩し、借金をして、数ヶ月の療養生活を送りましたが、当時は本当につらく苦しかったです。

心療内科に通うためには勤めていた塾の最寄駅を通過していかなければならないのですが、その最寄駅が近付いてくると動悸や息切れ、めまいなどがするなど、体の拒否反応がすごかったと今になって思い返せばそう思います。

無職からホワイト企業の正社員雇用へ…決め手はなんと通勤距離

そうしてなんとか療養している間も、生活のためにタウンワークマイナビジョブ20’sリクナビNEXTindeedなどの求人サイトは必ずチェックしていました。その時目に飛び込んできたのが、なんと自宅から歩いて7分、自転車で3分のエネルギー業界の会社の求人でした。

後から話を聞いてみればその求人が出たのは本当に偶然で、十年務めた事務さんが寿退社をするというのでたまたまタウンワークとハローワークに求人を出していたのだそうです。

他の事務さんの平均勤続年数も十年以上で、大学生などの若い人が多かった塾とは異なり、平均年齢が40歳程度という落ち着いた雰囲気の会社だというその求人に、私は一も二もなく応募していました。

お茶汲みなどの雑務を含む一般事務ということで諸々の天引きを差し引くと手取りのお給料は少々心もとなかったものの、福利厚生がしっかりしており、社内環境は静かで落ち着いていて、定時で退勤しないと逆に心配されたり、早く帰るように優しく促されたりする風潮の職場では、退勤後に会社を出たらまだ外が明るいことに感動したのをよく覚えています。

そんなホワイト企業ですから、求人に対する応募はたくさんありました。後から教えてもらった話では、もうすでにほぼ内定していた女の子がいたそうです。

その子を押しのけて私が就職できたのは、とにかく家から職場までが近く、会社として通勤費用を支出しなくてよかったことと、その女の子よりも私が年上であり社会経験が豊富でビジネスマナーがしっかりしていたという、ある意味、塾講師時代に叩き込まれたことが有利にはたらいたおかげでした。

まとめ

私の場合、無職から正社員になれたのは、就職条件に妥協をしなかったおかげだったと思います。

前の職場のようにサービス早出、サービス残業をしなくて良いこと。福利厚生がしっかりしていること。通勤が楽なこと。それらの条件を満たす、ここならば多少の嫌なことがあっても頑張れるぞ、という譲らない意志をもって求職活動をしてみると、自分の生活を見直すきっかけになったり、健康のためになったりといいことがたくさん出てきたのです。

実際にその企業ではしっかりと結果を残し、上司からも認めてもらって一般事務の範疇を飛び出て大きな仕事もまかせてもらえるようになりました。

自分だったらどんな条件が譲れないのか。それを考えてみるのも、就職活動の大きなターニングポイントになるかもしれませんね。

-ニートの就職体験談
-,

執筆者:

           

あなたにおすすめの記事

関連記事

交通事故、子宮、卵巣がんの手術を経て39歳職歴なしで書道師範として就職するまで

私は現在、書道師範をしている39歳のゆう子です。 私は29歳の時に交通事故に遭いました。 事故の後遺症の治療中に子宮体がん、卵巣がんと診断され、すぐに全摘手術を受けました。 その結果、やむを得ず無職と …

30歳までニートとして生きてきた人間が飲食店に就職するまでの記録

これからする話は、私(男性)が浪人して大学受験に失敗した19歳のときから30歳までのニート生活、そして就活を始めて無事に社会人として生きることになるまでの、全記録です。 目次兄を見て、大丈夫だと思って …

新卒入社した会社を1年でうつ病で辞めるも、職業訓練校でWEBデザインを学び再就職するまでの話

はじめまして。僕は新卒で就職した会社をうつ病で退職し、それから二年間ほどニートをやってました。 これからどうやってニートから脱出したのかをお話しさせていただければと思います。 目次新卒で入社後、ハラス …

超ブラック消費者金融の外交員を27歳で退職し、運送系営業の管理職に再就職するまで

私は現在39歳男性で運送業の営業職(管理職)として仕事についております。 私が現在の職につくまでの間に一度転職を経験しております。 目次超ブラックだった消費者金融の取り立て係実家に戻りだらけつつ、トラ …

きっかけは友達についてしまった嘘。23歳大卒で職歴なしの私が工場の溶接作業員に就職出来た話

私は現在24歳の男性で、就職したのは23歳の時です。 ついた職種は工場系で、主に看板などを作っている工場に就職することができました。 私はその中でも溶接の作業員に抜擢されました。 溶接とは、部品と部品 …

パチンコにハマり専門学校中退。27歳無職からデバッグのアルバイト、最終的に正社員として登用されました

私は27歳男性、以前は無職でしたが晴れてデバッグサービスの仕事に就くことができました。 私は高校卒業後、専門学校へと進学しました。しかし、特に何をしたいということもなく、気が向くままに生活していたせい …

チャンスはある!27歳で自動車ディーラーを退職しまさかの警察官に再就職!

私は現在29歳の男です。 警察官として働いています。 ここでは自動車ディーラーとして働いていた私がどのようにして警察官にまでなったのかをお話したいと思います。 目次自動車ディーラーに就職するも上司から …

25歳で会社を自主退職し新体操インストラクターとして再就職した体験談

新卒で入社した会社を1年半程で退職し、25歳で再就職しました。 幸いにも3ヶ月ほどで再就職できましたのでその時の体験談をお伝えします。 目次新卒入社した会社が合わず自主退職転職前のリフレッシュ期間自分 …

医療系大学を中退後ニートになり、介護資格を取って正社員になった話

初めまして。 今回は、女性の私が医療系大学を退学し、怠惰なニート生活を経て、最終的に特別養護老人ホームで正社員として働けるようになるまでの話をしたいと思います。 今、かつての私のようにニート生活で苦し …

ITの激務に耐えれず無職に。職業訓練校に通い29歳未経験から機械設計職に就職できた話

無職で職歴や資格がない状態から、新しい仕事に就くのはなかなか難しいことです。 そんな29歳だった私が未経験から機械設計職に就職した経験をお話しします。 目次大学を卒業後、就職した会社の激務に耐えられず …