ニートの就職体験談

深夜に退職届け。ブラック企業の企画職を20歳で退職し販売業に再就職できた話

投稿日:2017年10月5日 更新日:

わたくし自身は高校を中退してからふらふらした人生を歩んでいました。

そこから専門学校に通い直し就職をしたのですが、その会社での壮絶な体験談からうつ病にまでなったお話しをしたいと思います。

新卒で最初の仕事はまさかの「イベント企画」

僕自身は高校一年生のときに、家庭の事情で仕事をせざるを得ない状況になってしまいました。

そこから3年半ほど飲食店でアルバイトをしていたぐらいの、俗に言う世間一般で言えば”負け組”という部類に入るかもしれません。

このままではいけないなと思い再度、専門学校に通い直した後に卒業後就職という流れでした。

実際僕が通っていた高校の同級生が、大卒で就職するタイミングで一緒に就職できたので、「これでやっと自分も周りの人に追いついたのか」と胸をなでおろしていました。

大阪にずっと住んでいたのですが、就職の関係で初めて静岡県の浜松市にて一人暮らしが決まっていました。

接客業しかこれまでやったことが無かったのですが、まさかの新卒採用の際はまったく予想もしていなかった”イベント企画“という部署に回されてしまいました。

当時会社側からスカウトという形で、条件を提示してくれて納得したからこそ見知らぬ土地での就職を決断したのですが、実際ふたを開けてみれば、良いことの方が少なかったです。

給料は提示された条件とは違い、減らされた上、さらには”みなし残業”が含まれており実質はサービス残業。

休みは週休2日と聞いていたが実際は月に2回休みがあれば良い方でした。

仕事の上司に関しては本当に理不尽なことしか言われずに、周りの先輩からは「あの人の側に3年以上いた人はいない」と言われているぐらい、高圧的で自分勝手すぎる上司でした。

ストレスでうつ病になって人生に絶望を感じていた時期

実際上記のような劣悪な環境下で仕事をしていて、毎月サービス残業で給料が手取りで15万円ほどなのに対し、勤務時間は月に大体350時間ほどという僕の知る限りではとんでもなくブラックな会社だなと思っていました。

ただ、世間的には「3年は頑張れ」そんなことをよく耳にしていたので、なかなか転職という言葉は常に頭をよぎっていましたが、見て見ぬフリをして毎日ストレスと闘っておりました。

気付けば、就職から半年たったハロウィンイベントの企画をしていたときのことでした。

イベントのときは普段から長い残業がさらに長くなり、8:00に出社してから職場を出るのは常に24:00,25:00頃という状況が続きました。

ついにハロウィンイベント企画途中でそのような日々が続き、精神的にももう限界になってしまい。

ハロウィンイベントの1週間前にはもう何も考えれなくなり、深夜帰宅した後に気付いたら退職届を書いて、職場へと足を運んでいた自分が居ました。

深夜もちろん会社には誰もいないのですが、当時働いていた会社の玄関にその退職届を置いて帰りました。

何も考えれなかった僕にはそうするしかなかったと言っても過言じゃないぐらいのうつ状態になっていたのです。

その翌日、もちろん鬼のように電話がかかってきました。

お昼を過ぎるとチャイムは鳴り響き、泣きながら時が経つのをひたすらベッドで待っていました。

ご飯が喉を通らないぐらいの生活が1週間ほど過ぎ、忙しいであろうハロウィンイベント当日。

僕は1人で大きいレンタカーを借り、1日で逃げるように引越しを済ませました。

社会復帰できたきっかけは連絡をくれた友達

とんでもない壮絶な経験をした僕だったのですが、もちろん大阪に帰った時には顔はゲッソリしていて親も泣きながら心配するぐらいまで衰弱していて、1ヶ月ほどもう何もしたくない日々が続いていました。

そんな今後どうしようか見通しも立たない中で、大阪に住んでいる友人から連絡がありました。

「最近静岡で元気にしてるのか!」と来たので、現状をありのまま話して一度会って話をすることに。

それは大変な思いをしたんだなと友人もとても気を遣ってくれて、社会復帰を拒む自分の傷を癒しながら、僕をもう一度社会へ送ってくれようと親身になってくれました。

友人の会社は僕は学歴が足らずダメだったのですが、友人が「こんな求人あったよ!」と、毎日のように連絡をくれて僕自身も1歩踏み出す勇気をもらいました。

そのおかげで、今では販売業の社員職として復帰することができています。

給料も労働時間も、世間のホワイトと呼ばれるには少し当てはまらないかもしれませんが、人にも恵まれて今では再就職出来てよかったと思います。

最後に

僕のようにうつ病になって仕事をやめた方というのは少なくないはずです。

きっと僕と同じ社会に出るのが怖い。そんな気持ちになるでしょう。

ですが、そんな時に”人”というキッカケで変われます。

1歩踏み出す勇気を誰かに貰うまで、怖いなら踏み出さなくても大丈夫です。

同じような思いをしてる方の勇気に少しでもなればうれしいなと思います。

-ニートの就職体験談
-, ,

執筆者:

           

あなたにおすすめの記事

関連記事

無職の彼氏ナシ26歳女が上京して、未経験のWEB広告代理店に就職するまで

こんにちは。 これは私が26歳の頃、新卒で入社した会社を次の働き先のあてもなく退職、その後に勢いにまかせて上京、まったく未経験の業種であるWEB広告代理店に就職することができた経験をご紹介しています。 …

うつ病のため4年間の通院後、28歳職歴なし男性が介護業界に就職するまで

私は28歳男性の介護士です。 18歳を超えると無職やフリーターは、世間からの目も冷たくなります。 その境遇から上手く抜け出せない状況になっている方も多いです。 働きながらでは就職活動の時間が取れない、 …

派遣は無理でも正社員で採用!26歳女が無職から事務正社員に就職できた話

26歳当時、無職ニートだった私(女性)が事務職に正社員として就職できた話をしたいと思います。 大学生の頃の就職活動ではありがたいことに、新卒で複数の内定をもらうことができ、その中で事務職を選びました。 …

39歳で職場適応障害になり、41歳で退職。2か月後、車関係の仕事にまさかの就職!!

ある日、主人が出勤前に吐くようになって、ご飯が食べられなくなりました。 当時主人は39才。健康診断も異常無い状態で、ただただ、家に居ればコクコク眠ってばかりの日々が続いていました。 特殊な職業について …

高校中退して入った会社を廃業退職後、42歳でベンチャー企業の営業職に再就職できた話

16歳で高校中退した私に、たまたま応募した会社の社長が教えてくれた社会人のルール。 それだけが武器でした。 学歴なしで資格は普通免許だけ。 そんな私が42歳で再就職できました。 目次高校中退後自分の居 …

生活費だけ稼ぐ25歳職歴なしフリーターが事務職(人事労務)へ就職できたわけ

私は大学を卒業後、約2年ほど一人暮らしのフリーターをして生活をしていました。 しかし、25歳から本格的に就職活動を始め事務職(人事労務)に就職することができました。 私が25歳の職歴なしから、どのよう …

36歳で自動車部品製造会社を退職した後、同業界の技術開発職に再就職できた体験談

目次技術開発から、希望ではない営業職に異動新上司とうまくいかず転職を決意妻の実家に居候した半年の無職期間飽きても大丈夫。つきぬけたところに答えがある直接電話をかけた企業で再就職が決まる 技術開発から、 …

4年間のパラサイトシングル状態。25歳無職女ニートが倉庫業の正社員に採用されるまで

私(女)が25歳で倉庫業の正社員になれたお話をします。 この記事がご参考になれば幸いです。 目次高卒で地元の製造業に就職するも、仕事の大変さ・理不尽さを思い知る「誰にも会いたくない」状態になり、21歳 …

事故を起こし配達員をクビに。32歳無職が自動車部品設計の会社に就職できるまでの道のり

はじめましてマサと申します。 自分は、27歳からずっと無職のままで家に引きこもって毎日ゲームをする生活をしてきましたが、32歳の時に無職生活から抜け出し今は正社員として充実した生活を送っています。 し …

美術系学部卒業後、22歳無職に…若者向けハローワークで逆転就職!

私が無職になったのは美術系学部卒業後22歳の年でした。 美術系の学部に通っていた私はデザイナーを目指して在職中からデザインプロダクションと大学がタッグを組んで行うプロジェクトに参加したり、海外の美術大 …